考え過ぎは、私の形

服のこと

年に2回ある、衣替え。

季節が変わり、着る服を変える。

本来はウキウキしたり、ワクワクしたり、

少しだけたそがれたりする時間のはずなのに、

衣替えだけは憂鬱だ。

これも季節を感じるということになるのか。

子どもが産まれてから思った。

この衣替えを家族分やらなければならないのか、と。

そんな時間はもったいない。

収納ケースをたくさん買い、

服をしまい、

引き出しを入れ替えれば一瞬で終わる。

この術を思いついた時、”わたし天才”、と思っていた。

でも今振り返ると、

その“一瞬で終わる衣替え”は

本当に存在しただろうか。

小さい頃の子ども服は、その時限り。

来年にはサイズアウト。

衣替えというより、ただの入れ替え。

大人服は厚みがある。

結局ハンガーにかけた方が楽だった。

収納ケースにしまった服は、

保管用という名の待機服になる。

新しく買った服はクローゼットに増え、

服が呼吸できないくらい詰まり、

気持ちまで詰まっていった。

ケースの中は、カビ臭い。

ハンガーは増える。

時間もお金もかかる。

服って、

買うだけじゃ終わらない。

しまう場所、

保管用品、

片付ける時間。

服に使っているお金と時間は、

思っているよりずっと多い。

「次の衣替えは、たぶん買い足さない。」

服に、こんなに悩むのかと思う。

衣替えひとつで、

収納、時間、お金、未来予測まで考えている。

最近よく言われる。

「考えすぎだよ」と。

服に限らず、

みんな、そんなことをいちいち考えていないらしい。

そうか。

じゃあこれは、

服の問題じゃない。

私の性質だ。

先回りして考える。

まだ起きていない未来まで想像する。

失敗しない方法を探し続ける。

疲れるけど、

でもそれはずっと一緒に生きてきた部分。

考えすぎは、私の癖。

たぶん、私の形。

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